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【導入事例】大塚化学がMI×秘密計算で企業間データ連携の価値実証へ

大塚化学株式会社さまはEAGLYSと連携し、安全な企業間データ連携に基づくマテリアルズ・インフォマティクス(MI)の実用に、業界で初めて取り組まれています。そのPoC(概念実証)として進められているのが、EAGLYS ALCHEMISTAの活用です。PoCを進めた経緯、PoCから得られたことや今後の方向性まで、IT企画部 MI推進室の大薗慎二室長に話をお伺いしました。

聞き手:EAGLYS プロダクト ヴァイスプレジデント 阿須間 麗
本記事は化学工業日報2024年1月22日号に掲載されたものです

 

心をつかまれた秘密計算、PoCを即決へ

阿須間:弊社が開発している秘密計算のMIソフトを、業界で初めてお使いいただいたということで、わたしたちも非常にうれしく思っています。EAGLYSは「秘密計算」という知る人ぞ知る技術を研究開発している企業です。どういう経緯で「秘密計算」をお知りになったのでしょうか。 

大薗さま:MIに関する国家プロジェクトのひとつに、経済産業省と産業技術総合研究所の「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」(超超PJ)がありまして、きっかけは2022年1月に行われた最終成果報告会です。その際、産総研のサイバーフィジカルセキュリティ研究センター長の松本さまのご講演にて「秘密計算」という技術を初めて知りました。今後、データ連携が必ず必要になるが、共有していいデータとは何かという話になると、他人との共有はやはり難しいということになってしまいます。それを突破する技術に「秘密計算」があると紹介してくださったんです。そこで「秘密計算」という技術を知り、そのあといろいろ調べてみて、理解が進むほどにこれはいけるのではないかという思いを強くしました。確信めいたものはありましたね。 

秘密計算とは2
阿須間:大薗さまからお問合せいただいたことは弊社にとっても幸いでした。その結果として、MI × 秘密計算の「EAGLYS ALCHEMISTA」の開発が進み、PoC(概念実証)プロジェクトにご参加いただいたことになるのですが、PoCに至った経緯、PoCの前に期待していたことと、それに対して結果がどうだったのかということもお話しいただけますか。

大薗さま:最初のご提案は弊社向けの個別システム開発でご提案金額も高く費用対効果の観点からいったんトーンダウンした時期もあったのですが、2022年の終わり頃でしたか、「ツールができました」と言って、実際に持って来ていただきましたよね。デモを拝見すると、想定した機能がほぼ実現していましたので、すぐにPoC実施を決めました。PoCに当たっては、材料メーカーと材料ユーザーの両者のデータを秘匿した状態で、生データとほぼ同じ予測性能を持つ物性予測モデルが構築できるのか、という点を中心に検討しました。現実的な時間の中で予測モデルが構築でき、妥当な結果が返ってくることが確認できましたし、秘密情報を保ったまま逆解析による最適化計算まで実行できることもわかりましたので、PoCでは事前に想定した通りの結果を得ることができたと思います。

弊室の管掌役員向けにプレゼンいただいた際に、管掌役員も「これはおもしろい」と言っていまして、社内承認の手続きも、即OKとなりました。MIの担当者も、研究のトップも心をつかまれた感じで、あの高揚感はいまも社内に続いていますね。

阿須間:「いまやらなかたったら、EAGLYSさんは他社とこれをやってしまうんだから」みたいなことも言っていただけて、御社の本気度をひしひしと感じました。一方で、PoCを進めていく中で、事前には見えていなかった問題などは出てきませんでしたでしょうか。

秘密情報を守りつつ「すり合わせ」、研究員のスキルを最大化

大薗さま:研究員に実際にデモを見せたりしていく中で、多かったのは「これを使えば研究員が入り込む余地がなくなるんじゃないか」という指摘でした。データがすべて秘匿化されることで、お客さまからのフィードバックが得られなくなってしまうのではないかという懸念です。それは研究員にとって致命的なことであり、研究員の知的発見や仮説創出の機会を奪ってしまうことにもなりかねません。この点がクリアされないと、心理的に受け入れることは難しいという意見でした。実際に使うのは研究員ですので、研究員の視点でシステムをつくり上げていかなければならないと痛感しました。

ここは、EAGLYSさんともかなり深く議論させていただきました。逆解析で答えが効率よく出てくるのは理想ですが、答えに行きつくプロセスも大事にしたいということなんです。それが研究員の思いです。今回、この課題に対し迅速に対応していただいて、お客さまとの間で秘密情報を守りつつ、各説明変数の影響度の可視化や順解析による各説明変数の変動が物性予測値に与える影響をシミュレーションすることができる機能を追加していただきました。これにより、お客さまサイドの研究員との議論を促進することも可能になりましたから、社内の研究員たちも「これなら使う価値がある」という意見に変わりました。PoCの過程で出てきた課題をうまく解決できたと思っています。

素材開発の現場では、お客さまが秘密ではっきり言えないことを察して、お客さまの言葉を解釈して材料設計に反映させたりします。それが研究員の仕事なので、そういう過程を奪われてしまうという恐れがあると、単純に拒否反応が起きるということです。人間の存在価値の問題ですね。その意味では、MIに限らず人工知能(AI)と人とのかかわりについてですが、わたしは人の創造性を解放するイメージを持っています。今回の秘密計算も、研究員のスキルを最大化するためにはどういうツールであるべきかという視点を重視したいと思っていました。

今回、PoCを通して、双方の要望や意見をすり合わせることによって、「EAGLYS ALCHEMISTA」というMIシステムが出来あがっていったと思うのですが、日本型の素材開発もこういう「すり合わせ開発」のスタイルなんです。ただ、それだけでは将来、限界が来たかもしれません。「EAGLYS ALCHEMISTA」によって、これをデータ解析を融合したものに発展させることができました。このことによって、日本の素材産業の強みである「すり合わせ開発」を高度化することに貢献できるのではないかと期待しています。

企業間データ連携推進、ハブとしての役割期待

阿須間:ありがとうございます。それでは今後についてですが、大塚化学さまは企業間データ連携を通して「すり合わせ開発」をレベルアップしていこうとされておられます。具体的に、企業間でデータを連携させたMIに対して、今後どのように取り組んでいかれますか。

大薗さま:まだ社会にも事例がない状態ですので難しい問題です。ただ、明らかに言えることは、自社内におけるデータ解析、データを活用する開発方法は、新たな材料の探索や既存製品の競争力強化に間違いなく有効であるということです。問題は、データ活用の効果をどうすれば最大化できるかということで、サプライチェーンに横串を通してデータをつなげ、お客さまとデータ連携することで、お客さまが本当に欲しい素材をきちんと定義したうえで開発を進めることが必要です。つまり、データ活用の価値を飛躍的に向上させるためにはデータ連携は必須ですし、そのことを実証できるという確信もあります。しかし、いきなりフルオープンでデータ連携することはできませんから、「秘密計算×MI」というのは必ず必要になるツールだといえます。

秘密計算で複数社データを利用してAIモデルを自動生成2

一方で、社内でも議論になるところですが、いままでの研究開発のやり方をガラッと変えてしまうことは、メリットはわかるけれども、デメリットというか思わぬ障壁がどこかに出てくるかもしれないということですね。これは想定すること自体が難しいですので、そこは慎重に研究所や事業部とともに議論を重ねながらも、スピード感を落とさずにやっていきたいと思っています。

今後は、お客さまとの間で具体的に共創を図っていくステージに入っていきますので、この技術に興味・関心を持ち、データ連携をしてみたいと思ってくださるパートナーさまと一緒になって進めていきたいと思います。積極的に意見交換しながら、企業間データ連携が確実に双方の事業貢献につながるかどうか、検証していきたいです。そして、企業間データ連携によって社会課題を解決できる素材開発を達成したいですね。

 

 

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