椿本チエインは、1917年創業の機械メーカー。チェーン/モーションコントロール/モビリティ/マテハンの4つの事業を柱とし、「動かす」分野で社会の期待を越える価値を提供し続けている。チェーンの世界的企業で、例えば身近なモノだとエスカレーターや回転寿司のレーンといった設備に使用されている。
その椿本チエインが、EAGLYSと世界最高レベルの「AI画像認識技術」を利用した物流ソリューションの「AI(あい)てむ鑑定士®」(以下、AIてむ鑑定士)を開発した。今回はその背景にある開発ストーリーを、椿本チエイン マテハン事業部 課長代理 松村氏(写真左)と、情報ビジネス担当 参事 高橋氏(写真右)に聞いていこう。
AIてむ鑑定士とは

1917年創業の椿本チエイン。創業当初は自転車用チェーンの製造会社であったが、創業10年目に当時海外製品が主であった産業用チェーンの国内製造に事業を大きくシフト。ここから次々と新しいチェーンを開発し、現在は20,000種類以上を製造している。そんな100年超の歴史を誇る椿本チエインが2020年、AIを核においた新事業のプロジェクトを開始した。ハードウェアである撮像マシンは椿本チエイン、AI識別モデルはEAGLYS、という担当で共同開発したのが「AIてむ鑑定士」だ。
AIてむ鑑定士は、物流現場の省力化・自動化の要となる「商品の自動識別」を、AI画像認識により実現する物流支援ソリューション。共同開発による独自のAIアルゴリズムにより高速(0.1〜0.4秒)かつ高精度(正解率99.99%)での商品識別を実現した。AIてむ鑑定士と、椿本チエインの物流倉庫向け自動仕分け機「リニソート」を組み合わせることによって、商品バーコードの入力作業の自動化、商品個数のエラーチェックが可能になり、物流現場の工数を大幅に削減できる。判別するアイテムは日用品や雑貨品など、大量の種類に対応する。RFIDの利用が困難だった飲料品や金属加工品も識別可能だ。判別結果は、商品投入作業者の端末のほか、専用のWebシステムで検索・確認ができる。
AIてむ鑑定士のプロジェクトリーダーを務めるマテハン事業部 課長代理の松村氏は、AIてむ鑑定士開発初期の頃をこう振り返る。
「多くの大企業は“先進的な技術の取り組みをどう進めていくか”という課題を抱えています。そして弊社も同様で、どうやってAI時代をわたっていこうかと苦心していました。企業理念の行動原則にある「積極的に社内外の英知を結集し、共創を」を具現化すべく、AI開発をEAGLYSに託したんです。このプロジェクトはEAGLYSと“AIを活用した何かをしよう”という漠然とした議論をするところからスタートしたんですよ」
識別率99.99%で瞬時にAI画像認識。世界最高レベルの性能を実装

学習データの質がAIの識別精度を左右する。開発当初は、アイテム1個につき角度違いの写真を230ショット、人力で撮影した。それを1,000アイテム分、しかも2週間という限られた時間で完了させた。その道のりを松村氏に聞いた。
「学習データを用意するのは苦労しましたね。今はお客様の現場からデータが集まってくる仕組みができているのですが、プロトタイプは手動でデータを集めなければいけませんでした。プロジェクトのメンバーでローテーションを組んで、1日130アイテム分の撮影を行いました。終わらない分は、管理職が残業してなんとか……実際にやってみるとかなりしんどかったです」
そんな苦労を乗り越えてできた初期モデルは、いきなり識別率99.99%の精度を叩き出した。この結果から製品化に向けたポジティブな意見が多く出たが、やはり学習データを手法で集めるのは限界があるという問題は無視できなかった。日用品や雑貨品を判別するとなればなおのことだ。実際にその後の開発で、撮像の現場から悲鳴が上がっていたという。こうして出た案が、3Dモデルの採用。学習データを実写から3Dモデルに切り替えようと試みるのだが、これが相当険しかったと松村氏が語る。
「開始して1年ほどまったく成果なし。3Dモデルの活用は極めて困難でした。開発も長期化しもうやめようと思っていた瀬戸際で、ついに精度が30%出たんですよ。あの瞬間は興奮しましたね。今では3Dモデルの学習のみで正解率98.8%が出せるようになりました。“世の中で3Dモデルを作れるサービスはあるけど、AIてむ鑑定士に適した3Dモデルは何か”という問いに対しては誰も答えられなかった中、それを分析して結果が出せたんです。と言いつつ、実は未だになぜうまくいったのかわからない部分もあるんですよ」
こうして苦労してデータを集め活用していくうちに、データの価値に気づいてきたという。
「今でこそデータの価値が問われる世の中になってきましたが、2020年の開発当初はデータの価値を正しく理解していませんでした。“こんなデータ誰がほしいんだろう”と思っていましたが、今なら“こんなデータがあれば色々なことができそうだ”と考えられますね。苦労して自分たちでデータを集めて活用したからこそ、気づけたことだと思っています」
AIてむ鑑定士は作業者の習熟度をフォローして生産性を高める

AIてむ鑑定士は先述の通り、椿本チエインの「リニソート」という物流倉庫向け自動仕分け機とともに使用する。AIの活用でリニソートの価値をさらに高められると着眼したのは、現場の課題を深く理解する企業だからこそであろう。情報ビジネス担当参事の高橋氏がその経緯について説明してくれた。
「リニソートは、仕分ける商品のバーコードをスキャンする必要があるのですが、商品によってバーコードの位置が異なるので結構手間になっている、と現場から聞いていました。そういった中でもし商品の画像認識ができれば、商品をトレイに乗せるだけでよくなることに気づいたんです。また、自動仕分け機とはいえ、人が商品を間違えることもあります。今までは間違いを検出する術がなく、間違っていた際のリカバリー業務が負担になっていたのですが、画像認識であればこの課題も解決できます。このようにAI技術でいくつもの課題が解決できることに気づいて、プロジェクトが進み出したんです」

▲ リニソートS-C∞は、最大4,000個/時の仕分け能力を誇る、
リニアモーター駆動のソーター。AIてむ鑑定士は、このレーン上に設置して使う。
https://www.tsubakimoto.jp/materials-handling/products/linisort-s-c-infinity/
現在AIてむ鑑定士は、既に3つの物流センターでリニソートと共に使用されている。現場からのフィードバックを高橋氏に聞いた。
「お客様から非常に好評をいただいています。1つは新規で立ち上がった物流センターなのですが、特にそういった現場だとAIてむ鑑定士が作業者の習熟度をフォローできるんです。これは新規のセンターにとっては非常に有効で、すぐにセンターの生産性を高められます。嬉しいことに“次にできるセンターにも導入したい”と言っていただけていますよ」
AIてむ鑑定士の今後の展望について氏が続ける。
「今後はこの技術を倉庫の外でも活躍させたいですね。移動する小型モデルも作りたい。北極でも南極でも、自宅でも活躍できるような“なんでも鑑定士”みたいな、あらゆるものを識別できるプロダクトになればいいなと思っています」
EAGLYSとの共同開発で感じた「言い合える間柄」の大切さ

「開発当初は、AIや画像識別の知見がまったくない状態からのスタートでした。EAGLYSとの協業も初めてで、お互いの考え方や進め方を理解し合うところから始める必要があり、手探りの連続だったんです。聞き慣れない専門用語が多く、AI開発の現場に足を踏み入れたばかりの私たちにとっては大きな挑戦でした」と当時の苦労を振り返る松村氏。そんな状況を打破してイノベーションを生んだのは“遠慮のない密なコミュニケーション”だったと氏は続ける。
「EAGLYSの方々は尻込みせずに意見を言ってくれるので、分け隔てない密なコミュニケーションが取れています。なのでAIの技術的な難しい話も、EAGLYSに遠慮なく聞けますね。わからないことは、わからないとはっきり言って、その場で説明してもらうこともあります。共同開発はサプライヤーとバイヤーの上下関係になってしまうことがどうしても多い。そうなると言い合いができなくなってしまうんです。“水があう”という慣用句がありますけど、EAGLYSとはそういう部分もあって良い関係で共同開発ができています。人と一緒にどんなことができるか考え続けた結果が、現在の我々の画像認識に対する高い熱量につながっているんじゃないかと考えています」
高橋氏も「ビジネスではアジェンダに沿った固い打ち合わせが普通だと思いますが、EAGLYSは業務以外にも雑談をしたり、イノベーションについて話すことが多い。そんなリラックスしたコミュニケーションから、新しい案が生まれることもあります。今後もそうあり続けたいですね」と語った。