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ビッグデータやAIなど情報処理技術は日々進化し、材料開発の研究にも情報科学を活用する「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」が注目されています。
この記事では、概要や取り組み事例を学び、材料開発に役立てたい方のために、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)について解説します。
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)とは
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)とは、材料開発に情報科学の知見を活用することで、効率的な材料開発を実現する取り組みのことです。より具体的には、大量の実験データやシミュレーションデータを利用し、それらのデータをもとに機械学習や統計解析などを行うことによって開発プロセスを効率化します。研究者の勘や経験をデータが下支えすることで材料開発の飛躍的な進歩が期待される一方、データが不足している状況での分析や専門人材の不足などの課題も指摘されています。
従来の材料開発手法との違い
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)では材料開発に情報科学の知見を活用します。では具体的に、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)を活用した材料開発は従来の材料開発手法とはどこが異なっているのでしょうか。
従来の材料開発においては、材料の目標物性を設定したあとは研究者の知識・経験・勘等に基づいて材料の原料の選定を行っていました。その後選定された原料を用いて実験を行い、実験結果の分析と評価を行います。一度の実験で目標の物性を持つ材料を得られることは稀なので、実験結果の評価をもとに物質選定のステップに戻り、実験、評価を繰り返します。
一方マテリアルズ・インフォマティクス(MI)を活用した材料開発は、各材料のデータを元に材料の目標物性を設定し、それらのデータをベースとし機械学習や統計解析を活用することで、材料を生成するのに最適な原料やそれらの配合比、配合条件などの情報を得ることができます。その後、得られた情報をもとに実験を行うことで、目標の物性を持つ材料を得ることができます。
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)を活用するメリット
ここまでは従来の材料開発とマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を活用した材料開発のちがいを見てきました。では、このような開発プロセスの違いによって生まれるマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を活用するメリットとはどのようなものでしょうか。
材料開発にかかる時間と費用を削減できる
これまでの材料開発においては、研究者の経験・勘や過去の実験結果からの知見に基づき、研究者が選定したすべての物質に対して実験を行う必要がありました。そのため材料開発に10年以上かかることも珍しくなく、また実験にかかる費用も化学業界の企業にとって大きな負担となっていました。
一方マテリアルズ・インフォマティクス(MI)を活用した材料開発においては、研究者の経験や勘に加え過去の実験結果や検証データを活用して最適な原料を絞り込み、その原料に対してのみ実験を行います。従来の材料開発のように実験を何度も繰り返す必要がないため、一つの材料を開発するのにかかる時間と費用を大幅に削減することができます。
研究者の経験や勘をデータで定量化できる
これまでの材料開発は、研究者の経験や勘に大きく頼っていた側面がありました。そのため研究担当者の異動や退職によってその研究者が持っていた経験や勘が失われてしまうことも多く、そのような場合には後任の研究者が一から経験や勘を積み上げる必要がありました。こうしたノウハウの損失は企業にとっては大きな痛手でした。
しかしマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を活用した材料開発においては、研究者は自らの経験や勘をデータで定量的に保管することができるため、たとえ研究者が代わっても前任者が持っていたノウハウを引き継ぐことができます。このように研究者の経験や勘をデータとして蓄積することができ、担当者間の引き継ぎもスムーズに行えることは、人材の異動に左右されず企業の競争力を維持するうえで大きなプラスになると考えられます。
データサイエンスの技術に基づき、研究者の経験や勘の外にある可能性を探索できる
従来の材料開発においてもマテリアルズインフォマティクス(MI)を活用した材料開発においても、研究者の経験や勘が貴重なものであることには変わりありません。しかし、マテリアルズインフォマティクス(MI)を活用した材料開発においては、研究者の経験や勘の外部にある知見をも探索することが可能です。研究者の経験や勘はその研究者自身が出会ってきた実験や知識に基づいているため、データサイエンスの技術を利用することでより網羅的に新たな知見を得ることができる可能性があります。
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)の取り組み状況
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)の導入には多くのメリットがあることがわかりました。では、現時点で実際にMIに取り組んでいる企業の割合はどの程度なのでしょうか。
当社が2023年に実施したヒアリングによると、現在約35%の企業が、既にマテリアルズ・インフォマティクス(MI)に取り組み始めています。また、既にMIのための予算を確保しており来年度からMIの取り組みを予定しているしているケースなどを含めると、約70%の企業がMIに関して何らかの施策を始めている状況となっています。
では実際にマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を導入した企業ではどのような成果が出ているのでしょうか。次のセクションでは、MIの導入事例について見ていきます。
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)導入の事例
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)を導入することによって、企業は具体的にどのような成果をあげているのでしょうか?ここでは、公表されているマテリアルズ・インフォマティクス(MI)の代表的な事例を3つご紹介します。
フィルム製品の材料設計が5ヶ月→4時間に短縮
大手化学工業企業では、フィルム製品の材料配合設計の検討にMIを導入しました。マテリアルズ・インフォマティクス(MI)導入前は30万種類を超える原料と実験条件の組み合わせの中から検討を行い、検討には5カ月かかっていました。しかしマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を導入したことで、検討にかかる時間が4時間にまで短縮され、およそ900倍に高速化することに成功しました。
出典:https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2304/28/news020_3.html
接着剤の成分探索が1ヶ月→16時間に短縮
大手化学工業企業は接着剤の新規接着成分の探索にもマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を導入しました。導入以前であれば開発に1ヶ月かかっていましたが、化学構造から直接物性を予測するというマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を導入したことにより、45倍速となる16時間で開発することに成功しました。
出典:https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2304/28/news020_3.html
実験回数を1/25以下に削減
産総研は「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト(超超PJ)」事業において、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)を活用して外部企業と共同でフレキシブル透明フィルムの開発を行いました。物質の構造や組成などのデータをAIに学習させた結果、実験回数を1/25以下に削減することができました。実験の数を削減できた分、以前と比べて実験にかかる費用も削減できたといえるでしょう。
出典:https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20220420.html
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)を取り巻く課題
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)導入には多くのメリットがありますが、技術的な課題も多くあります。ここではマテリアルズ・インフォマティクス(MI)の課題について解説します。
データの質と量の不足
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)を行うには、高品質で十分な量のデータが必要です。しかし実際には、自社のデータが少ない、データが不均一または不完全であるなどの理由から高品質で十分な量のデータが確保できない場合もあります。特に新しい材料や特殊な条件下でのデータは量が限られているため、不足しているデータを補う技術も求められています。
データアクセスと共有の制限
さきほどはデータそのものの不足を課題として挙げましたが、たとえ十分な質・量のデータが存在していたとしても、研究データの非公開性や知的財産権の問題により、データの共有やデータへのアクセスが制限される場合があります。またデータが紙ベースで保存されている場合や複数の研究間でデータフォーマットの不一致が起こっている場合なども、データ共有の妨げになります。
専門人材の不足など運用面の課題
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)を効果的に活用するには、材料科学とデータサイエンスの両方の知識を持った人材が必要です。しかし両方の分野で専門性を持つ人材は少ないため、そうした専門知識を持った人材の育成が必要です。
また、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)の運用においては、MI技術者と実際の材料科学の現場で働く人々との間で、材料開発へのアプローチの違いによって意思疎通や協働におけるズレが生じることがあります。そのため両者が綿密なコミュニケーションを取ることができる環境を構築する必要があります。
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)の今後の展望
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)は、材料開発の効率化と革新を加速させる重要な技術として、急速に進化しています。現在、多くの企業や研究機関がマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を積極的に導入し、従来の試行錯誤による開発手法から、データ駆動型の材料設計へと移行しつつあります。
特に、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)は再生可能エネルギー技術や電気自動車用の高性能バッテリー材料の開発において顕著な成果を上げており、環境負荷の低い新材料や高機能材料の開発に不可欠なツールとなっています。
さらに、AIと量子コンピューティングの発展により、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)の能力は飛躍的に向上すると予測されています。これにより、複雑な材料システムの予測や設計が可能になり、新たな材料発見の可能性が広がるとされています。
一方で、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)の更なる発展には、質の高い大規模データの収集・管理体制の構築や、材料科学とデータサイエンスの両方に精通した専門人材の育成が課題となっています。これらの課題に対し、産学官連携や専門教育プログラムの拡充など、様々な取り組みが進められています。
今後、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)は材料開発のみならず、製造プロセスの最適化や品質管理にも応用範囲を広げ、材料科学全体のデジタルトランスフォーメーションを牽引すると期待されています。このような総合的なアプローチにより、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)は持続可能な社会の実現に向けた技術革新の中核を担うツールとして、ますます重要性を増していくでしょう。
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