EAGLYSリサーチャーの若杉です。普段は秘密計算、特に準同型暗号の研究開発業務に取り組んでいます。
2026年1月北海道の函館にて、暗号理論に関する国内最大規模の学会SCIS2026が開催されました。SCISとは、暗号と情報セキュリティシンポジウムの略称です。本学会では、日本中の暗号研究者や開発者が、暗号のみならず、情報セキュリティの最新技術を発表します。
論文や暗号に関する書籍でよく名前を見かけるような一流の方が発表されることも珍しくありません。
EAGLYSでは完全準同型暗号の最新動向をキャッチアップするため、私を含む社内の暗号研究者が現地に行って聴講してきました。
また、弊社は岡山大学と共同研究を行っており、そのインターン生を筆頭に3件発表してきましたので、そちらの様子もお伝えできればと思います。
◾️学会のページ
SCIS 2026
https://www.iwsec.org/scis/2026/
本学会は1984年から毎年開催されており、今回は2026年1月26日から30日にかけて北海道函館市の函館アリーナで開催されました。
学会規模としては、(記憶が正しければ)参加者は1,000名超、発表数は400件を数え、8パラレルセッションで100セッションを超え、ポスターセッションもありました。さらに、招待講演とパネルディスカッション・懇親会・ナイトセッションも開催されました。
SCISでは、暗号に関する様々なトピックが発表されています。準同型暗号や耐量子計算機暗号のみならず、例えば、カードベース暗号や自動車セキュリティ・生体認証など、日々の業務では中々触れることのできない発表を聴講できる良い機会です。
発表件数が多いセッションとしては、耐量子計算機暗号が8セッション、AIへの攻撃と対策が7セッション、カードベース暗号・物理暗号が6セッションでした。
耐量子計算機暗号とAIセキュリティは、この2-3年ずっと件数が多いセッションの印象があり、界隈の盛り上がりを感じることができます。また、準同型暗号に関するセッションは、2つのみでしたが、秘密計算セッションなどにも、準同型暗号の発表がありました。
また、同時期の札幌では、記録的な大雪に見舞われましたが、函館では、雪が積もる程度でした。
「4C1 準同型暗号(1)」および「4C2 準同型暗号(2)」セッションにて、岡山大学との共同研究の発表を行いました。
4C1-2 準同型暗号CKKS方式における3次元配列表現を用いた行列積の構成
4C1-3 準同型暗号 CKKS 方式における GPU を用いた複数暗号文演算の高速化
4C2-2 準同型暗号 TFHE 方式における整数型複数鍵への拡張
弊社は、昨年のSCIS2025でも、岡山大学との共同研究による論文発表を行いました。その際には、準同型暗号CKKS方式による行列演算や機械学習に関するテーマのみだったのですが、今年は、バラエティに富んだ発表ができたと思います。
簡単にですが、各発表の概要についてご説明させていただきます。
まず、「4C1-2 準同型暗号CKKS方式における3次元配列表現を用いた行列積の構成」につきまして、昨年のSCIS2025でも、CKKS方式を用いた行列積をテーマにした論文を投稿したのですが、更にそれを発展させた形となります。BFV 方式による行列積の先行研究に対して、CKKS方式でも実行できるように、先行研究記載の行列積アルゴリズムを拡張・改良いたしました。一見すると複雑なように見えますが、先行研究にならい、アルゴリズムの各操作を可視化することを意識して論文を執筆いたしました。結果としては、昨年の論文記載の実行時間を上回ることを確認しました。準同型暗号を用いて、機械学習やニューラルネットワークを行うには、行列積の高速化が必須ですので、今後も同テーマの研究を続けていきたいと考えています。
続いて「4C1-3 準同型暗号 CKKS 方式における GPU を用いた複数暗号文演算の高速化」について、準同型暗号の GPU OSS ライブラリである Phantom-FHE をベースに、複数個の暗号文演算の高速化を行いました。準同型暗号の高速化アプローチとしては、いくつかありますが、その中でもGPUを用いる実装方法はメジャーです。今回の研究では、複数個の暗号文の加算および乗算に対する高速化方法を提案しました。結果として、特に乗算では、標準実装と我々が呼んでいる手法と比較して、3倍弱の高速化を達成いたしました。現時点では、複数個の暗号文の乗算までしか検討できませんでしたが、それらの内積や、将来的には行列積まで拡張していきたいと考えています。
最後に「4C2-2 準同型暗号 TFHE 方式における整数型複数鍵への拡張」では、複数人で整数型TFHEを行う新しい方式を提案しました。平文として、ビットではなく整数を扱えるようにしたInteger-wise TFHE方式と、複数人での運用を前提としたMulti-key TFHE方式を組み合わせた、新しいTFHE方式となります。何ビットの整数を、何人で処理するか、という2つの変数には、トレードオフの関係が存在することを明らかにし、ブートストラッピング処理の成功確率が非常に小さくなるよう、最適なパラメータ選択を行いました。理論検討のみならず、実装評価まで行い、実際に、ブートストラッピング処理の成功確率が100%であることを確認いたしました。今後は、提案方式による乗算や除算処理などの、暗号文による具体的な演算について検討していきます。
昨年に引き続き、今年もSCISにて論文投稿および発表を行うことができました。関係者の皆様ご協力ありがとうございました。
今回の共同研究による発表は、今後、査読つき学会・論文誌への投稿や、弊社の準同型暗号プロダクトに組み込む予定です。
発表後や懇親会でも、多くの方にご挨拶をいただきました。その節は、ありがとうございました。
準同型暗号コミュニティの拡大のため、来年度は、SCISのみならず、様々な学会で発表できるよう、日々の研究開発業務を進めていきたいと考えています。
H. Mahon, S. Kosieradzki, “Encrypted Matrix Multiplication Using 3-Dimensional Rotations,” Cryptology ePrint Archive, Paper 2025/1367, 2025.
Available: https://eprint.iacr.org/2025/1367